三井化学は、総合化学メーカーです。同社は「素材の素材まで考える」というテーマのもと、BePLAYER®とRePLAYER®という2つのコミュニケーションブランドを立ちあげ、ブランディングを行っています。カーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーの実現に向けて、あらゆる人を“プレイヤー(PLAYER)”として巻き込みながら取り組んでいくことが狙いです。2023年からプラスチックの経年変化を楽しみながら、一生ものとして長く使い続けるD&DEPARTMENTの「Long Life Plastic Project」に参画。「d47 MUSEUM」の第35回企画展「NIPPONの47 2025 CRAFT 47の意志にみるこれからのクラフト」では、特別協賛しています。
地域
約50年ごとに原料転換
燃料とプラスチックの関係性
三井鉱山三池染料工業所焦煤工場(大正15年・1926)
三井化学は、50年タームで原料転換を率先して実現してきた歴史があります。その始まりは1912年、石炭化学事業です。石炭からコークスという燃料を製造するとき、副産物として発生するガスを有効活用し、日本で初めて化学肥料原料をつくりました。当時、人口急増に伴う食料不足という社会課題があり、化学肥料によって農業の生産性を高めることで貢献してきました。
輸出用のインジゴの缶。「タイガーブランド」の名前で親しまれた。
1932年には、日本で初めて藍染めやデニムの染料となる合成インジゴの生産も開始。「諸説ありますが、戦時中、食料増産のために田畑を使用すべく、食料にならない藍の栽培が禁止され、『ジャパン・ブルー』と称されていた伝統的な日本の藍色が失われる可能性がありました。そんな中、つくられたのが合成染料のインジコでした」と話すのは三井化学 グリーンケミカル事業推進室の松永有理さん。
実は三井化学がつくった国産のインジコは、海外から輸入したものと比べて色落ちしやすく、品質は良くなかったそうです。しかし「だからこそ売れた」とも言われています。
「日本の文化的背景のおもしろいところなのですが、日本人はエイジングが好きなんですね。『いなせ』(意味:気風がよくかっこいいこと)という言葉がありますが、日本の藍染文化とも関係しています。江戸時代の火消し人たちが新品の法被を纏って現場に向かい、一仕事終えて法被を脱ぐと、藍染が汗で色落ちし、首に横一文字の青い線が残っている。その姿は『いなせ』でかっこいいとされていました。このかっこよさは染料が色落ちしないと生まれない。転じて、色落ちした法被がかっこいいという見方が生まれます。こうした“色落ちしてエイジングする方がかっこいい”という日本の文化にマッチングしたこともあり、三井化学のインジコが売れたと伝えられています。色落ちもよしとする見立ては、機能的な価値だけではなく、感性的な価値も大切であることを思い起こさせるエピソードでもあります。そうした歴史からも、プラスチックのエイジングに価値を見いだすLong Life Plastic Projectの活動は親和性があると考えています」(松永さん)
エネルギー源が石炭から石油へと移り変わり、1958年からはガソリンをつくる際に副産物として発生する石油由来のナフサ(炭化水素)を原料に、日本で初めてポリエチレンやポリプロピレンなどのプラスチックをはじめとした石油化学製品の生産を開始しました。
産業
プラスチックを取り巻く社会課題
捨てずに使い続ける価値
「プラスチックを取り巻く社会課題は、大きく2つあります」と松永さん。「1つは、地球温暖化の問題です。プラスチックは主に炭素と水素からなる化合物なので、焼却すると二酸化炭素(CO2)が発生します。地球温暖化を防ぐためには、大気中の二酸化炭素を増やさないことが重要になります。そこで、プラスチックもカーボンニュートラルに貢献するバイオマス(化石燃料を除く、動植物に由来する有機物である資源)由来の素材、つまりバイオマスプラスチックに変えていく必要があります。
バイオマスプラスチックは焼却しても、もともと植物が吸収した二酸化炭素が放出されるだけなので、大気中の二酸化炭素量は実質差し引きゼロになる。これが、『カーボンニュートラル』の考え方です。バイオマスプラスチックでできた製品を捨てずに長く使い続けると、その期間は大気中の炭素が製品の中に保持(固定化)されるので、この場合はカーボンネガティブ(大気中の二酸化炭素を減らしている状態)になります。」(松永さん)。
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プラスチックのもう1つの社会課題は、大量に廃棄されるごみ問題です。日本の場合、プラスチックは年間約1000万トンつくられ、約800万トン廃棄されています。この廃プラスチックの約87%は有効利用されていますが、まだマテリアルとしてのリサイクルは限られており、多くは焼却した際に発生した熱を回収し、エネルギーとして再利用するサーマルリサイクル(エネルギーリカバリー)で有効利用されています。
「廃プラスチックを物理的処理により製品の原料として再利用するマテリアルリサイクルと、化学的に分解して化学製品の原料として再利用するケミカルリサイクル。このように廃プラスチックを物質として再利用している割合は25%ほどで、まだまだ少ない状況です。サーキュラーエコノミー(循環経済)の実現に向けて、物質として再利用できる幅を広げていくことも、私たちの課題のひとつです」(松永さん)
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環境
バイオマス由来のプラスチックが循環していく
バイオ&サーキュラーを目指す
カーボンニュートラルに貢献するバイオマスプラスチックをつくる手法のひとつが、「マスバランス方式」です。マスバランス方式を活用するメリットは、今あるインフラを活用しながら、従来の石油由来と全く同じ物性の製品をつくることができ、世の中を迅速に良い方向に変えていけるアプローチであることです。カカオ豆やコーヒー豆のフェアトレード認証や、紙のFSC®認証、電気の再生可能エネルギーなども、マスバランス方式や同類のアプローチで、社会課題の解決に貢献しています。「私たちが目指すのは、バイオマス化とリサイクルを両輪で回していくこと。どちらか一方ではなく、バイオマス由来のプラスチックが循環していく世界、バイオ&サーキューラーな世界をつくる必要があると思っています」(松永さん)
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また、海洋プラスチックやマイクロプラスチックなども、プラスチックごみ問題のひとつですが、一度、海洋に流出したごみを回収するのは非常に難しく、海洋に流出させないように、いかに効率よく回収するかが課題です。
プラスチックのごみ問題を根本的に解決する方法について松永さんは、次のように話します。「極端な話ですが、1000円札はただの紙ですが、1000円という価値があるから捨てないですよね。それと同様にプラスチックごみに価値があれば、ポイ捨てして流出などさせずに、回収してもらうような動機が働きます。プラスチックにも丁寧に接するようになりますし、リサイクルも促進されやすくもなるはずです。そのためには、ペットボトルのように、リサイクルがされやすいようにプロダクトを設計しておく必要もあります」
暮らし
身近なものに置き換えて環境問題を考える
Kitchen 2 Kitchenプロジェクト
三井化学では、「Kitchen 2 Kitchen(キッチン トゥー キッチン)」と称したプロジェクトを推進しています。同プロジェクトは、キッチンから出る使用済みの食用油(廃食油)や、食用油の製造時に発生する廃棄物を化学の力を活用して、再びキッチンで使用するバイオマスプラスチックに生まれ変わらせる取り組みです。
目的は、プラスチックのバイオマス化を身近に感じてもらい、生活者一人ひとりに“自分ごと”として考えてもらうこと。「社会のバイオマス度を高めて、カーボンニュートラル社会の実現につなげていくためには、生活者一人ひとりが環境問題に気づくことが何よりも大切だと考えています」(松永さん)
たとえば、揚げ物などの料理に使用した食用油(廃食油)や、食用油を製造するときに発生する廃棄物は、バイオマス資源として再利用できます。
「廃食油は『SAF(サフ/Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)』というバイオ燃料になり、その燃料をつくるときに発生する副産物、バイオマスナフサ(バイオマス由来の炭化水素)は、プラスチック原料になります。自分たちのキッチンから出た廃食油が、プラスチック製のキッチン製品やお総菜のパッケージなどになって戻ってくるというストーリーでコミュニケーションを行うことで、プラスチックのバイオマス化を身近に感じてもらえるのではないかと考えています」(松永さん)
仲間
私たち一人ひとりがプレイヤー
意識と行動変容を目指す2つのブランド
「カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーの実現のためには、やはり生活者一人ひとりの行動を変えていくことが重要だと思っています。一人ひとりの行動を変えていくためには、まず環境問題に気づき、自分自身がプレイヤー(PLAYER)であると自覚することが必要です」と松永さん。
循環経済を目指す仲間を増やし、連携していくために、三井化学では2つのブランドを通してコミュニケーションを行っています。それが、カーボンニュートラルの実現に向けて、社会のバイオマス化を推進する「BePLAYER®」と、サーキュラーエコノミー(循環経済)の実現に向けて、廃プラなどの廃棄物を資源としてリサイクルを推進する「RePLAYER®」です。
「個人ができることは、ゴミを分別して捨てたり、バイオマスプラスチックやリサイクルされたものなどを積極的に選んだりするなど、小さな行動の積み重ねです。環境問題への気づきが、そうした行動のきっかけになると思っています」(松永さん)
D&DEPARTMENTの「Long Life Plastic Project」も2023年から、「BePLAYER®」と連携しています。マスバランス方式のバイオマスポリプロピレン100%を使用し、プラスチックマグカップの表面には「BePLAYER®」のロゴが刻印されています。
「プラスチック素材のバイオマス化を推進するためには、バイオマス由来のプラスチック製品が店頭に並び、生活者の方が環境配慮製品を自由に選択できる状況にすることが非常に重要です。今は素材の転換期と捉え、これからもバイオマス化への移行に率先して取り組んでいきます」(松永さん)。