現在d47 MUSEUMで開催中の企画展「NIPPON UMAMI TOURISM 植生と文化をまるごと味わう 風土に還るうまみのデザイン」の関連企画として、食の営みを繋ぐ各界の担い手たちを講師にお迎えし、彼らの活動や視点を通して「うまみ」を学び考えるトークやワークショップを開催しています。
今回は、第一回目として6月15日(土)に開催したイベントの様子をご紹介。
このイベントは「風土を伝えるメディアの役割とこれから」と題し、農家の方々を取り上げた映画「百姓の百の声」の上映会や、農家に寄り添い生の声を伝える「農文協」が出版する『現代農業』『うかたま』の両編集長とのトーク。また、法政大学教授・湯澤規子さん、東京工業大学教授・真田純子さんをゲストにお迎えし「ごはん × 風景」をテーマにしたクロストークという3本立てのイベントを開催しました。
TALK 1では、「百姓の百の声」の上映会と本作のプロデューサー・大兼久由美(おおがねく よしみ)さんをお招きしてアフタートークを開催。この映画は、全国各地の農家へ取材を行い、自然と向き合い作物を熟知する農業従事者の17人にスポットを当てたドキュメンタリー映画です。
公式HPには「田んぼで農家の人たちが何と格闘しているのか、ビニールハウスの中で何を考えているのか。多くの人が漠然と『風景』としか見ていない営みの、そのコアな姿が、鮮やかに浮かび上がる。」の一文が。
私(古谷)は田舎出身なこともあり、家の前には田畑が広がり、祖父の友人の多くが農家を営んでいるという環境で育ちました。知り合いから、夏はきゅうり、冬は白菜、とさまざまな作物が家に届き、農作業をしている人たちの様子が自分の故郷の風景の一部でした。でも、その人たちが何と格闘し、何を考えているのか思いを巡らせたことがなかったと気づき、ハッとさせられました。
映画の中では、米やきゅうり、シャインマスカットなどをつくる大小さまざまな規模の農家の取り組みを、本人たちの丁寧なインタビューと美しい映像で紹介しています。みんなに共通するたくましさと研究心、そして自分が習得した技術を惜しげもなく伝え、農業を次の世代につなげていこうとする想いの強さに心動かされました。
今まで、目の前の風景の一部だった農家の営みが、この作品の鑑賞を経て、全く違う尊いものとして浮かび上がってきました。
上映会の後は、本作のプロデューサーで撮影を担当された大兼久さんと、「うまみ展」キュレーター・相馬夕輝がアフタートークを行いました。「百姓」という言葉が放送禁止用語だというエピソードに驚きながらも、撮影秘話やこれからの農業について、興味深いお話がたくさん。
TALK 2では、農文協が出版する『現代農業』と『うかたま』の両編集長をお招きし、「農家のための出版社・農文協の考える、食の未来」というテーマでトークを開催。
月刊『現代農業』は2022年に創刊100周年を迎え、農業技術から販売や経営まで、農家に寄り添う実用誌。季刊『うかたま』は古くから日本で育まれてきた食や暮らしの知恵「食べごと」を知る食のライフスタイル誌。
両誌ではそれぞれ、農薬を使わない防除方法や秘伝のどぶろくレシピ、農村でつくられてきた郷土料理など、全国の農家から直接教わった情報を掲載しています。トーク中では、なぜ農文協が全国の農家とつながりをもつことができるのか、その取材方法について石川啓道さん、中村安里さん両編集長にお話しを伺いました。
農文協には「普及」という取り組みがあるそうで、職員が全国各地の農家一軒一軒を地図を片手に訪問します。それにより、直接農家のお悩みや独自の取り組みを聞き取り、本当に必要としている情報と、それに合う情報を提供できるというもの。両編集長からは全国をバイクで回った「普及者」時代のエピソードが飛び出し、和やかな雰囲気に包まれました。
会場の参加者の中に、『うかたま』編集長・中村安里さんが「普及者」時代に出会った千葉の農家さんがいらっしゃるなど、そのつながりの強さを実感しました。真摯に農家に向き合い、長く付き合いをつづけながら情報を得て、それを還元していく姿勢には、農業にかかわらず「伝える」仕事への向き合い方とは何なのか、感じることができました。
最後のTALK 3では、「ごはん × 風景」をテーマに法政大学・湯澤規子先生と東京工業大学・真田純子先生をお招きし、クロストークとワークショップを行いました。
クロストークでは地理学、歴史学、経済学を専門とする湯澤先生と、都市計画、農村景観を専門とする真田先生のお二人の視点から、「風景 = メディア」や「ブランド化する風景」などをテーマにお話を展開。
「棚田の風景」について、私たちは「日本の原風景を保存しなければならない」との想いを何となく持っていますけれど、お2人はそもそも、棚田の風景が「無くなりつつあるものだから注目されている」という部分にも目を向ける必要があるとおっしゃいます。
現代の農業と比較して、収穫効率の悪い棚田を保全する本当の価値は何なのか、また、その保全の担い手は誰であるべきなのか、考える必要があるというお話が印象的でした。
ワークショップでは、「旅先の食の思い出」を紙皿の上に表現し、共有し合うワークショップを開催。グループごとに分かれた参加者のみなさんは食の思い出話で大いに盛り上がり、また、食の体験がいかに印象に残るものなのか、改めて知ることができました。
以上の3つのイベントを通し「メディア」をテーマに映画、雑誌、研究の3つの異なるアプローチをされている方々をお迎えし、さまざまな角度からお話を伺いました。
「メディア」の語源はラテン語の「medium」。中間や介在といった意味の言葉です。まさに、農家や風景と、私たち生活者の中間に立ち「伝える」役割を担う登壇者の皆さんの姿と、映画「百姓の百の声」の中で「百姓は自然と人間との媒介者である」という言葉がつながりました。「伝える」ためにどう考え、どう闘っているのか。今まであまり意識してこなかった媒介者の思いを含め、まさに「風景」になっていたさまざまなことについて理解を深められた1日でした。