サイトウ アイロン ボード

サイトウ・アイロン・ボードは、1988年から販売しているアイロン台です。特徴は、独特な形状と3層構造。業務用のアイロン台を家庭用に改良した商品ですが、その機能性の高さから、ファッション業界をはじめ、アイロンを必要とするプロの現場でも使われています。社長同士が友人だったことから、2016年に斉藤アイロン台工業からクロスドッグが経営を引き継ぎ、サイトウ・アイロン・ボードの製造・販売を手がけています。

地域・産業
サイトウ・アイロン・ボードは1988年、神奈川県横浜市で誕生しました。生みの親は、齋藤素頼さん。その始まりは、大正時代後期の今から100年ほど前。齋藤さんの父親が横浜で1924年から業務用アイロン台の製造・販売を開始し、その後、アイロン台専業メーカー、斉藤アイロン台工業を設立しました。当初は、齋藤さんの妻がアイロンの掛け方などを伝えながら販売していたそうです。「マダム・サイトウがプロデュースしたアイロン台」として広く知られるようになりました。
現在、サイトウ・アイロン・ボードを製造・販売しているクロスドッグ 取締役営業部長の杉山栄敏さんは、同商品が横浜で生まれ育ったのは「洋服の仕立て屋やクリーニング店などがファッション関連の店が軒を連ねており、アイロン台のニーズがあったから」と言います。
ピーク時には第三工場まであり、かつては同業のメーカーも存在していたそうです。しかし、安価な海外製品が輸入されるようになると、国産メーカーは次々と廃業。現在も存続しているのは、「おそらく我々が唯一だと思います」(杉山さん)。
なぜ、サイトウ・アイロン・ボードは、長く売り続けることができているのでしょうか。その理由は「高級アイロン台だったから」と杉山さんは言います。「サイトウ・アイロン・ボードは、プロ仕様のアイロン台を家庭用にアレンジした商品なので、安さではなく機能を追求しています。使い心地はもちろん、リペアなども可能です。機能性が差別化となり、生き残ることができたのだと思います。実際、斉藤アイロン台工業では安価な製品も販売していましたが、それらは全て廃番となりました」(杉山さん)

デザイン
サイトウ・アイロン・ボードの魅力は、なんといってもアイロンの掛けやすさ。それは、独特な形状と構造に秘密があります。アイロン台の台面は、人間の身体に近いなだらかな曲面です。フラットなアイロン台と比べると、アイロンとの設置面積が少ないため滑りが軽く、力を入れずに掛けられます。また、シャツなどはアイロン台に着せるようにセットできるので、アイロンが難しい立体的な肩周辺のしわが伸びやすいのも特徴です。
 構造はシンプルで、プラスチックの本体と15ミリの極厚フェルト、綿のカバーの3層構造です。本体は中が空洞のプラスチック製で、表面には直径約1センチ、高さ5ミリほどの突起がびっしりついています。アイロン後の服がパリっと仕上がるのは、突起付きの中空成形の本体と極厚フェルトにより、熱を溜めながら蒸気をほどよく逃がすからです。この3層構造は、サイトウ・アイロン・ボード独自のデザインで特許も取得しています。
丸みのある形状は、「万十/まんじゅう」と呼ばれる綿入りのアイロン台をモチーフにしています。「枕よりも小さな形状で、服のシルエットに合わせてアイロンを掛けることができます。かつて仕立て屋さんは、自分たちで万十を作っていたようです。アイロンを掛けていくうちに、仕立て屋さん独自の自分の使いやすい形になっていく。サイトウ・アイロン・ボードの曲線は、使い込まれた万十のカーブを参考につくられています」(杉山さん)。

販売・仲間
近年は、公式オンラインショップで購入する顧客の4割は男性。百貨店などで実演販売しているとき、夫婦連れでも足を止めるのは男性が多いそうです。家事=女性という時代ではなくなりつつある。その象徴のようなエピソードです。「サイトウ・アイロン・ボードの脚は金属質の光沢があるクロムメッキで、武骨なデザインです。丈夫であることが一目瞭然で、工業製品のような機能に特化したモノが好きな人は、特に目を引くのだと思います」(杉山さん)。
現在の販路は、公式サイトをはじめ、楽天やアマゾンなどオンラインショップのほか、東急ハンズやD&DEPARTMENTでも販売しています。床に座って使用する「フロアタイプ」と、立って使用する「スタンドタイプ」の2種類で、売れ行きが伸びているのは「スタンドタイプ」です。
アイロンは手間がかかって面倒くさい。そう思われがちですが、杉山さんの実演を見ていると、すぐにでもアイロンを掛けたくなってきます。それは、アイロンの原理や掛け方のコツに加え、アイロン掛けがもたらす心理的効果も伝えているからです。たとえば、暮らし方の話。「しわのある服を着ている人よりも、アイロンがきちんと掛かった服を着ている人のほうが、丁寧に暮らしているイメージがわいてきませんか。アイロンひとつで、見えていない“普段の生活”が伝わり、その人の印象にも影響すると思うんです」(杉山さん)。ほかにもあります。たとえば、洋服を見る目の話。「アイロンを掛けているときは、洋服をたくさん触りますよね。アイロンの滑り具合で生地の質感の違いがわかってきます。また、いろんな縫製部分をつまんで伸ばすので、そのうち”真っすぐ縫われているかどうか”がわかるようになる。品質の違いにも気付くはずです」(杉山さん)。慌ただしい時代だからこそ、静かにアイロン掛けをするひとときは、豊かな時間とも言えそうです。「アイロン掛けは、洋服のしわをとりながら、心のしわもとっているんですよ」と杉山さんは言います。

環境
修理や交換をして、長く使いつづけることができる。それは、D&DEPARTMENTが提唱するロングライフデザインに欠かせないポイントのひとつです。サイトウ・アイロン・ボードは、カバーやフェルト、脚、部品類など、全ての部材を交換することができき、まさにロングライフデザインで、D&DEPARTMENTでは創業時から販売しています。「私たちの会社は“真心”がテーマです。スタンドタイプの最上位商品は2万7400円(税込み)。決して安くはありません。だからこそ、一度買ったら長く使い続けてもらえるようにサポートしていくのは当然のことだと考えています」(杉山さん)。
一般的なアイロン台の10倍近い価格なので、一見高く感じるかもしれません。しかし、20年、30年使い続けることができるので長い目で見れば安価であり、環境に配慮した商品とも言えます。「使いつづけているお客様がいる限り、交換部品もつくり続けます」(杉山さん)。
長く愛用し続けてもらえるように、以前から要望があった「黒いカバー」を、2022年から販売。アイロンの熱でも色褪せにくいカバーを開発しました。また、アイロン台の常識を覆す「魅せる壁掛けアイロンボード『ARTRON(アートロン)』も開発。サイトウ・アイロン・ボードの機能性を継承したコンパクトな本体に、カラフルな絵柄入りのカバーを付けてアートのように壁に飾るというものです。「カバーを付け替えれば、アイロン台として使用することもできます。また、有事のときには、ヘルメットや座布団、枕などにもなり、ホテルなどの導入を目論んでいます」(杉山さん)。