古殿町を離れて次は北東へ。向かったのは天栄村にある「鈴木醤油店」さん。福島は横に面積が広いため、横移動には時間がかかる。着く頃には日が落ち、あたりは暗くなっていた。少し開けていた窓から醤油の香ばしい香が漂ってくる。鈴木醤油さんまではもう少しだ。
「ちょうど醤油の火入れをしていたんです。」出迎えてくださったのは、鈴木良浩さん。創業から130年以上続く鈴木醤油店の6代目だ。
火入れは醤油の味が決まる最後の工程。火を入れると室内は醤油のいい香りが立ち込めるのだそう。香りに惹かれるまま、鈴木さんに中を案内していただいた。
醤油造りはまず材料となる大豆を蒸して小麦炒るところからはじまる。蒸し機はなく、使うのは鈴木さん手作りの木桶の蒸し器。今では圧力釜を使って短時間で蒸す企業もあるが、鈴木さんは夕方から4時間ほど蒸し一晩寝かせる。木桶は保温性が高く、そのおかげで大豆も雑菌に強くなるのだ。
炒った小麦と蒸した大豆を混ぜ合わせ、そこに小麦にまぶした麹菌を入れてさらに混ぜ合わせる。麹菌とは一体どんな姿形をしているのかと想像がつかなかったが、鈴木さんの奥様である洋子さんに伺うと、麹菌は息で吹き飛んでしまうほど軽いそうだ。そのため別で残しておいた小麦とまぶしてから、大豆と小麦に混ぜ合わせる。そうしていよいよ麹造りが始まる。
石造りの麹室の中には、綺麗に重ねられた麹蓋が並んでいる。この麹蓋、以前愛媛でお伺いした「井伊商店」さんでも見せていただいたことがある。この麹蓋を使って麹を作る蔵は、以前よりもかなり減っているそうだ。醤油麹造りは4日間にわたり行われる。麹蓋に、大豆と小麦と麹菌を混ぜ合わせたものを入れて室に入れる「盛り込み」という作業を行い、ここからは麹菌たちの頑張りを見守る。
室内では菌が活動しやすいように炭やストーブを焚いて温度調節を行うが、1~2日目までは麹菌の活動は落ち着いているため温度が低い状態が続く。しかし、麹菌も私たち人間と同じ生き物。だんだんと活動が活発になると発熱するようになるが、熱すぎると熱で死滅してしまったり、高温が好きな納豆菌が繁殖してしまう可能性がある。そのため、人の手が必要となる。その感覚は井伊さんと同じく、今までの経験と感覚でつかんでいるそうだ。鈴木さんのお話しを聞いていると、菌と人との関係がまるで子供のひとり立ちとそれを見守る親のように見えてきた。
そして、いよいよ木桶が並ぶ蔵の中へ。その歴史を物語るように鎮座する8本の木桶。やはり神聖な場所は足を踏み入れただけで空気が変わる。
木桶に近づいてみると、箍(たが)の表面には白い菌がびっしりとついている。この蔵に住み着く菌たちが目に見えて分かる光景だ。
菌の活動に話は戻るが、鈴木醤油店さんが仕込みをするのは冬の1~3月頃。暖かいと多くの雑菌が活動してしまうため、冷たく寒い時期に行うのだそう。この蔵や室にもついている小さな窓から外の空気を送り込み温度を調整しているのだ。自然の理にかなった醤油造り、昔から変わらない醤油造りの姿勢が見えてくる。
鈴木さんでは、1年に2本の醤油を仕込み、3年寝かしてそれぞれの味を見極めて調節している。そして再仕込醤油はそこから2年の期間を要するため、5年がかりで出来上がるのだ。一般的な再仕込醤油が3年ほどと考えると、5年の歳月をかけて作られる醤油がどれほど手間隙がかけられているのか伺える。しかし、鈴木さんが求めるのはその年月が大事なのではなく、おいしいものをつくりたいという信念。
「つい、おいしさを求めてしまうんです」そう笑った顔は探求心で満ち溢れている子どものような笑みだった。
最後に、圧搾作業中だった木桶を見せてもらう。
手作業で攪拌を繰り返し、あと少しで醤油になる諸味。ここから圧搾されて出てくる醤油は、澱みがなく、つうと流れる情景が美しい。
ひと匙どうぞというご好意で醤油をいただいてみると、口の中でじわりと醤油が広がる。火入れ前の生醤油をいただくのは初めてだが、この滑らかな味わいの醤油は、是非とも刺身と一緒に食べたい。これが火入れによってどんな味わいへと変わるのだろうか。
この取材レポートを書く前、改めて鈴木醤油さんの濃口醤油をいただいた。ほんのひと匙口に入れただけなのに、生醤油とは違う醤油の香ばしさ、複雑味がじっと広がっていく。自然とお伺いした時に漂っていた醤油の香りが呼び起こされた。「火入れ作業はお客さんの手に渡る前の最後の作業。だからこそ慎重に。」その言葉の意味は、この醤油を食べればはっきりと分かった。以前、醤油はその作り手の人柄が表れると聞いたことがある。鈴木さんの醤油には、食べる人を思う温かさと、醤油づくりへの愛情で溢れている。
鈴木醤油店
福島県岩瀬郡天栄村大字牧之内字矢中2 MAP
鈴木醤油店HP
「福島定食」ができるまで
D&DEPARTMENT PROJECTが、47都道府県それぞれにある、その土地に長く続く「個性」「らしさ」を、デザイン的観点から選びだして紹介するデザイントラベルガイド『d design travel』。30県目の節目となる、今回の目的地は「福島県」。d47食堂では、『d design travel』の発行毎にテーマとなる県の定食を提供しています。今回の旅は、「福島定食」を完成させるため、福島県でたくさんの場所や人を訪ねました。現地を訪ねたd47食堂スタッフによるレポートをお届けします。(全10回予定)
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