山形県南陽市は言わずと知れた果樹栽培の産地。ぶどう、ラフランス、さくらんぼ、柿、桃といった果樹栽培が盛んで、中でもぶどうのデラウェア品種は、山形県南部の南陽市を含む近隣する置賜(おきたま)地域の生産量は全国一。
南陽市にワイナリーを構えた「イエローマジックワイナリー」の岩谷澄人さんは、滋賀県の「ヒトミワイナリー」を立ち上げ、“にごりワイン”というジャンルを日本中に広げた立役者。ぶどうづくりからワイン醸造までを行う、農夫であり、ワイン醸造家でもある。
そのワインづくりの哲学は至ってシンプル。まずは何より、ぶどうづくり。自然の力をたっぷり含んだ良いぶどうをつくることが、発酵してワインになるプロセスの中でも、力強さを伴ってくれる。南陽市にある岩谷さんの農場では、盆地の傾斜地を生かして栽培している。ぶどう栽培には水はけが良い環境が欠かせない。土中から水をしっかりと吸収するための根が力強く張り、また、吸収する水分が限定されることで水っぽくなく、凝縮した糖分を含むぶどうが出来上がっていく。
しかし、あまりの傾斜の凄さには驚くばかりで、ここでぶどうの収穫や剪定作業ができるのだろうか...と心配になったが、ぶどうにとっての最適な環境が人間都合ではないことは当然のことで、それを受け入れていくことからぶどうづくりは始まっていくのだと、岩谷さんの農場は言わずもがな語ってくれていた。
今回、醸造に使わせてもらったぶどうは、岩谷さんが育てたぶどうではない。収量の少ない環境のため、実験的にはじめていく僕らのワインづくりでは、岩谷さんが信頼する山形市の生産者「ぶどうと活きる」さんのデラウェアを使わせていただくことに。
岩谷さんの醸造所にて、岩谷さんの指導の元、委託醸造をさせていただくオリジナルワインづくりは、大きく以下の手順で進んだ。
1 味の方向性決め、選果、除梗、タンク詰め
2 15度以下の環境で4週間の醸し
3 空気圧式プレスを使って圧搾
4 さらに発酵熟成
5 フィルタリングをして瓶詰め
6 瓶内熟成
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まずは味の方向性を決める
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まず最初に行う作業が、どういう味にしたいのかコンセプトやビジョンを定めること。ワイン醸造の経験がないため、何をどうするとどういう味になるのか、皆目見当がつかない。
岩谷さんに色々とヒントを頂きながら、初回故にわからない以上は、どういう作業が何になるのか、なるべくたくさん体験してみることが大切に思えたので、とにかく教えてもらったことをどれもやってみようと思い、ぶどうの茎や軸の部分を取り除く除梗作業をして圧搾することと、茎も軸も全てそのまま潰さずに全房を入れることを、両方合わせ入れることにした。
タンクの最下層に、除梗(房の実をつないでいる部分を取り除く作業)し圧搾したぶどうを入れ、その上に全房を入れる。その層を繰り返し積み重ねていき、およそ400キロのぶどうを、ミルフィーユ状に積層していった。最後に、タンクにビニールシートを被せてゴムでしっかり固定し、中を密閉状態にする。低温管理された蔵内で、じっくりゆっくり4週間かけて発酵が進んでいくのを待つ。
低温環境であることは非常に重要で、全房部分は圧搾した部分よりも発酵がゆっくりと進むため、その過程で悪い菌が働いてしまうことがある。低温であることで、それを抑制できるのだそうだ。極めて自然な、ぶどうが持つ酵母の力だけで自然に醸すワインであるが故に、その周辺環境をいかに整えるかが大切になる。滋賀の鮒鮓をつくる「魚治」の左嵜(さざき)謙祐さんが、自身のことを微生物や菌の守り人であると語っていたことを思いだす。
人間ができること、菌ができること、その役割を節度をもって向き合っていくことが、まさに醸造という、人智を超えた発酵の世界で求められる姿勢なのだろう。そして、それをいかにロジックに理解できるかが、醸造家の仕事と言える。学ぶべきことが本当に多い。
岩谷さんは、酸化防止剤も入れないし、補糖もしない。ましてや香りや酸味を入れるような味付けはもってのほか。ただ、実際には、日本のワイナリーがこれらを使っていることは多い。これらある種の添加物について「食品表示義務がない」という法律自体にも違和感を覚えた。ぶどうが発酵して出来上がるものがワイン。そこにごまかしがなければないほど、安心して飲むことができる。自分でつくってみて、それが身に染みた。岩谷さんは、ヒトミワイナリー時代からその姿勢を貫いている。
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皮や茎も丸ごと醸した4週間を経て
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およそ4週間という時間を経て、岩谷さんから「この日に絞るよ」と連絡があった。ぶどうの状況や発酵の状況を見て、どのタイミングで次の工程に進むかの見立ては、経験の技。ここは僕たちには到底分かりえない。信頼する醸造家のもとで仕事ができる喜びがある。
ビニールカバーを開けると、ぶどうの甘い香りと、アルコールの香りが織り混ざっている。少しざらっとした香りというか、甘さの種類が積層的に複雑に香る。うまく言えないが、これは今まで体験したことのない香りだ。全房のぶどうをひと粒、味見してみる。プチプチとぶどうの果実が微発泡している。
敢えて潰したぶどうや、タンク内に上から載せていった自重で潰れたぶどうはもちろん発酵をしているが、全房が残ったままのぶどうも、ひと粒ひと粒の皮の中で発酵し、ワインになっているのだ。ビニールを被せ発酵から来るガスでタンク内を埋め尽くすことで、良い発酵方向のベクトルで全てが進む。じっくり4週間かけることで、この全房部分までしっかり発酵する。時間をかけた分だけ、香りが本当に複雑で豊か、広がりがある。
最初の味決めのとき、僕が頭に浮かんだのは、味よりも実は香りだった。それは、山梨のワイナリー巡りをスタッフとしたとき、だいたい訪問回数の多い僕はドライバー役となり、見学した各ワイナリーでは、試飲はせずに香りを嗅ぐだけ。しかし、1日で何十杯も香りを嗅ぐ経験を何度もしていると、香りの良し悪しというか、好き嫌い、香りの質や奥行きのようなものは、感じることができるようになった。香りが良いものは、複雑で余韻が長い。
山梨では「金井醸造所」のワインが、実にそれだった。香りだけを嗅いでいるだけでもう十分と思えるほどだったのだ。この経験が、自分の中のワインの好き嫌いの判断の軸になっているようなところがある。
話が逸れてしまったが、つまり、余韻があって複雑で、しっかりぶどうの甘みも感じる香りをつくりたかった。加えて、山形の郷土料理にだって合わせて食べることができる辛口でもありたいと、岩谷さんには伝えていた。まさに、目指していた香りがあった。岩谷さんのロジックと、ぶどうと活きるさんのデラウェアがあってこそ出来上がったものだと思えた。ぶどうの持つ力を感じるワインができつつあった。
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果汁のみで、さらに発酵を進める
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発酵を経たタンクから、ぶどうの皮や茎、軸の部分を取り除き、果汁部分のみを圧搾していく。まずはタンクからバケツで果汁も果汁以外の部分も全て取り出していく。これがなかなかの重労働。ステンレスタンクを空にするまでは、倒すことなどできないので、タンクに入って掻き出していく作業を行う。
総量400キロを掻き出すと、次は、果汁以外の部分にもまだ多分に含まれている果汁を、空気圧式プレス機で絞っていく。空気圧式は、過剰な負荷を加え過ぎずにじっくり絞ることができる。それは裏返すと、一度では絞りきれないことも意味していて、プレス機を回す、蓋を開けて全身で踏み込んで果汁を出し、さらにプレス機を回して絞っていく。
それを何度か繰り返し、絞り切った果汁を別のタンクに全て入れて、今度はステンレスの蓋をするのみでさらに2週間、果汁のみの状態でじっくり発酵熟成を進める。すでにワインが発酵過程に入っていることで、ビニールでしっかりガス充満する必要がないそうだ。いよいよワインとして輪郭ができてきた。次の工程が楽しみである。
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今回使用した“デラウェア”について
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さて、このデラウェア、実は市販されているデラウェアとは違って、種がある。市販のデラウェアは品種改良の末、生食で食べやすいように種が入らない。ワインで使うぶどうにとっては、種も、茎も、ぶどうと茎を結ぶ小さいちょびっとした軸の部分も、全てがワインづくりに欠かせない重要な要素となる。どこか土のような力強い香りや、複雑な味わいを与えてくれるのは、こういった果肉以外の部分に由来することも多い。しかし、これは、そもそも良いぶどうであれば...ということとも言えるかもしれないが。
実は、岩谷さんは、この種ありデラウェアの栽培について、滋賀のヒトミワイナリー在籍時から関わっていたと言う。岩谷さんが独立をする際、どの場所でワインづくりをするかとなった時、南陽市が岩谷さんの誘致をし、支援をしてくれたのだそうだ。人と人との関係も、じっくりと時間をかけて育んでいくことで生まれていくものがある。
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瓶詰めへ
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圧搾をして2週間程度が経った。いよいよ瓶詰め行程に入る。静置していたステンレスタンクを開けると、上部はまだ少しプチプチと小さな発泡とともに、固形状になった灰汁のような澱が浮遊している。香りも華やかさはあれど、ややアルコールが強い印象を持った。ここから、底面にはどっしりと溜まった澱を取る、澱びきを行いながら、全体をなじませるように一旦別のタンクに移す。
別のタンクに移したワインは、元々のタンクの上面と下面で状態が異なったいたものがうまく混ぜ合わされ、きれいなオレンジ色に出来上がった。デラウェアという白ワイン用の品種を、赤ワインのように皮や茎などと一緒に発酵させた時に生まれる独特な色合いだ。
同時に、香りが変わった。試飲した印象も全く違う。トゲがない。全てがまろやかに調和して、優しいけど香りが強く余韻が驚くほど長い。大きなタンクの中で仕込むため、タンクの中が全て均一になるはずはなく、澱びきをした後の混ざり合った状態をイメージしながら、瓶詰め時期を見定めていく。これは、まさに醸造家のクリエイティビティそのもの。見えないものを見る力、とでも言うのか。菌を扱う人たちの力は驚くことばかりだ。
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“緑”の王冠をつけ、ついに完成
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移動したタンクから、瓶詰めのマシンへホースを繋ぐ。薄いフィルターを通して、澱が少し残るか残らないか、くらいで、全てを瓶詰めしていく。400キロのぶどうから、およそ330本のワインが出来上がった。王冠は緑色。イエローマジックワイナリーでは、自社ぶどうは青、他社ぶどうは緑の王冠にしているのだそう。そのルールに則り、僕たちは緑の王冠を付けて完成した。これから瓶内発酵が少し進みながら、安定するまでのおよそ1ヶ月間保管していただく。無事、奥沢本店に届いたワインは、オリジナルのラベルを貼り、いよいよ販売が始まります。
土、水、風、微生物、もちろんそこに関わる人の存在も加わって、それぞれが活かしあって生まれるのがワインだと学んだ。ワイン作りは、まさにその土地でしか生まれない、その土地らしさを象徴する食文化の一つだと、岩谷さんに委託醸造をお願いして、その製造過程に関わる機会をいただくことができて、確信を持って言える気がする。
ワイナリーの外で団欒する時間。蔵内の冷気がすごいので、秋の山形でも、外の方があたたかい。ワインを作ることは祭ではない。岩谷さんの言葉。まだまだ体験の域は超えませんが、今年は、ぶどう栽培のところにも関わっていってみたい。