手仕事でつくる掃除道具
白木屋中村傳兵衛(しろきやなかむらでんべえ)商店は、江戸時代の中ごろ、天保元年(1830年)に創業した江戸箒(えどほうき)の老舗です。最初は水売りや畳表売りといった商いを営んでいたそうですが、京橋にお店を構えてからは箒をつくりはじめました。
竹というのは食料にも燃料にもなり、また日用雑貨の材料でもある、多方面で活用できる優れた資材です。かつての京橋には竹商人が集まる竹河岸(たけがし)と呼ばれる竹市場があり、様々な竹製品や、原料としての竹が豊富に揃っており、箒の材料が手に入りやすかったそうです。当時の江戸には他にも箒屋さんがいたようですが、現代まで残っているのは白木屋傳兵衛一軒のみ。現在も京橋で、草の選別から、編み上げ、仕上げまで、全行程を職人さんが手がけています。
はりみとは
古くから世界各地で使われてきた農具に、「箕(み)」というものがあります。竹や木の皮などを編んだ浅いバスケットです。ここに穀物を入れて、あおるようにして振り上げると、殻や塵などの軽い小片は風で吹き飛ばされ、重さがある実は箕に落ちます。この動作を幾度も繰り返すうちに実だけが残るという、機械を使わない脱穀方法です。竹枠に紙を貼り合わせて作る箕もあり、それがはりみ(貼箕)です。新潟では、農閑期に家にこもっておこなわれた内職の一環として、はりみ作りがありました。それをたまたま見かけた白木屋さんが「これはちりとりとして使える、うちの箒と相性がいい!」と思いつき、新潟はりみの取り扱いを開始したのが30年ほど前のことだそうです。はりみの材料は全て天然素材で、外枠は「竹」、本体は「紙」、そして使用する糊は「でんぷん」。表面には「柿渋」と「弁柄(べんがら)」を調合した赤茶色の塗料が手塗りで塗られています。
箒もはりみも人の手で作られており、長年の経験に基づく熟練の技を要しますが、作家ものと違って、作った人の名が入ることはありません。職人さんたちは、自己表現のために作品を作るというわけでも、意図して自己を打ち消そうとするでもなく、素材と直に向き合いながら淡々と作っておられるとのこと。それでも、できあがった箒やはりみには個々の作り手さんの気質がにじみ出てくるもので、物を見れば誰が作ったかわかると言います。
つづく産業
白木屋傳兵衛さんに何を大切にされているか伺ったところ、「良い素材を選ぶこと、そして基準に合った素材で丁寧に作ること」という答えが返ってきました。例えば、100個の注文が入っても100個分の材料が揃わなかったら作れる分しか作らない、無理やり材料をかき集めれば100個売れるとしても、品質が下がるようなことならやらない、というのです。そのため、お客様の注文全てに応えられないときや、待たせてしまうことがあるかもしれませんが、品質を守るために、この優先順位は創業以来ずっと崩さずにきたそうです。また、自分たちは先人たちが培ってきた知恵を受け継いで商売させてもらっている、という意識があり、次世代にバトンタッチするにはどうしたらよいかを常に考えてきたという白木屋さん。箒作りを長く続けてこられた背景には、後世を視野に入れ、自然環境を大切に思う心がありました。
お気に入りのポイント
はりみは柄が無い分コンパクトで、とても軽量です。私がはりみを購入したのも、軽さに惹かれたというのが一番の理由でした。しかし使ってみてわかったのは、軽くて扱いやすいだけでなく、静電気が起きないことによる使いやすさです。ちりとりは集めたゴミを捨てるための道具ですが、プラスチック製のちりとりでは静電気が起きるせいで、細かい埃や塵が表面にまとわりつきやすくなります。一方はりみでは、ゴミが表面にくっつかず、さらさらとゴミ箱に落ちてくれます。これはコーティングに使われている柿渋が自然塗料だからです。
間口の部分の厚みがとても薄く、ゴミをはき入れやすくなっています。つくりの関係で間口は少し湾曲しているのですが、竹枠の背部分を軽く押さえてあげれば、間口が床にぴたりと一直線で接地します。
些細なことではありますが、ゴミがうまくちりとりに入らない、いつまでもちりとりから落ちきらない、といったことが重なると、掃除が億劫になってしまいます。逆に、使いやすい道具が手元にあれば思い立った時すぐにお掃除することが習慣づいて、気持ちがよいものです。
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