特別公開|大治将典さんの連載 ❶

2004年、30歳のときに私は広島から上京、グラフィックからプロダクトを主軸にしたデザイナーに転向しました。まったくの独学で始めたプロダクトデザイン。プロダクトのデザインがしたくてしたくてたまらなかった若かりし頃の話です。

「ひとり問屋」の日野明子さんに「私が仕入れている曲げわっぱの柴田慶信(よしのぶ)商店さんがカタログで困ってるから、手伝ってくれない?」と誘われ、一緒に秋田県の大館に向かいました。カタログのデザインはもちろんやりますが、それより「曲げわっぱで何か作れるかも!」とワクワクした気持ちが止まらず、たくさんの図面とボール紙で作った模型を持ってうかがいました。迎えてくれたのは二代目の柴田昌正(よしまさ)さん。カタログの打ち合わせもそこそこに、昌正さんの父、慶信さんが世界中から集めた曲げ物コレクションや、現在作られている秋田杉の白木の曲げわっぱを製造工程から見せてくださいました。

持ち込んだ曲げわっぱの模型と若かりし頃の私(大治将典)、柴田昌正さんに頼まれた、製品カタログのラフデザイン。

「白木」とは、塗装されてない木肌のままの状態。現代の木製品は汚れ防止や防水性のために、何かしらの塗装が施されているものがほとんどです。しかし柴田慶信商店の曲げわっぱは、昔ながらの白木の秋田杉で作られています。白木のおひつや弁当箱はご飯の蒸気を吸うので蒸れにくい。また秋田杉の抗菌作用によって食べものが傷みにくくなると聞き、目からうろこが落ちる思いでした。そのとき私が持参した曲げわっぱのデザインは、白木の効能を想定していませんでした。「これはダメだ」と、その場で模型を全部ゴミ箱に捨て、そこにあったおひつの蓋をひっくり返し「これでパン皿を作りましょう!」と提案しました。

焼きたてのトーストをお皿にのせると、トーストの裏が蒸気で濡れてしまうことを思い出し、白木の秋田杉でできたお皿ならトーストの蒸気を吸ってくれ、トーストが最後までカリッと美味しく食べられるに違いないと思ったからです。

「マゲワ」パン皿 大小。トーストの蒸気を白木が吸うので、トーストが蒸れず、最後までカリッと美味しい。

その夜、日野さんと昌正さんと三人で居酒屋に行き、今の生活に合う曲げわっぱってなんだろう、白木が活きるってどんな製品だろう、シリーズ名はどうしよう、と一晩中、楽しくスケッチをしながら飲み明かしました。後日、図面と模型を作り直してできたのが「マゲワ」シリーズのパン皿です。そのパン皿は見事にパンの蒸気を吸い、秋田杉の香りも相まってトーストが抜群に美味しくなりました。後に日野さんからは「こんな普通のカタチをデザインするとは思わなかった。大治さんの前のめり感がすごかったので、もっとギトギトしたデザインが上がってくると思った」とのこと。

「マゲワ」は、私が素材に素直にデザインできるようになったきっかけの製品です。

Photo:日野明子(上2点)、大治将典(下)
『d news 0号』(2019年6月・D&DEPARTMENT PROJECT刊)より、転載

 
大治 将典|Oji & Design 代表・手工業デザイナー
日本の様々な手工業品のデザインから、付随するグラフィック、ブランディングを統合的に手がける。手工業品の生い立ちを踏まえ、行く末を見据えてデザイン。ててて協働組合共同代表。 >> Oji & Design

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