現在d47 MUSEUMで開催中の「着る47展」に栃木代表として出展しているYES CRAFTSの近藤陽輔さん、屋敷愛弓さんと一緒に「栃木レザー」の工場見学に行ってきました。
YES CRAFTSは、一枚の革を余すことなく使い切るために分割し、それを再びつなぎ合わせるという新しい技法で革製品を製作しています。その革に使われているのが、栃木レザー社製の革。近藤さんは「栃木レザー社製の革を分けてもらえることを誇りに思っている」と話されます。というのも、栃木レザーは「信頼のおけるわずかな会社としか取引を行なっていない」から。革の鞣し(なめし)工場が年々減少傾向にあるなか、一つ一つの工程にこだわりを持ち、原始的な方法で手間ひまかけ、たしかな品質をつくり続けている栃木レザーは、世界的にも貴重な存在です。
栃木レザーの最大の特徴は、その丈夫さ。警視庁の拳銃ケースや国際大会などで使われるあん馬カバーなどに使われていることからも、その品質の高さがうかがえます。長く使うほど自分の色、形になっていき、経年変化を楽しむことができます。「栃木レザー」と聞くと地域の数社でまとまってつくっているように思えますが、栃木レザー社1社のみで製造。栃木県栃木市のエリアは東京から比較的近く、流通しやすかったという土地の利便性と、日光の雪解け水が豊富という風土から、かつては2,3社で軍用靴の靴底に使用する革の製造を請け負っていたそう。工場は栃木駅から徒歩10分、巴波川のほとりにあります。栃木レザーの山本社長は「革は川からつくられる」と話してくれました。
左から 屋敷愛弓さん/YES CRAFTS、遅澤敦史さん/栃木レザー専務取締役、野間健太郎さん/栃木レザー社長室長、山本昌邦さん/栃木レザー代表取締役、近藤陽輔さん/YES CRAFTS
【栃木レザー製造工程】
1. 原皮の水洗い
まずは原皮の水洗い。輸入された原皮は、まだ毛がついた状態で塩漬けにされているので、24時間かけてしっかりと洗い流します。驚きはその獣独特のにおい。夏場は特に管理も難しいそうです。これらの皮は、食用肉の副産物。最近は脂身のある柔らかいお肉が好まれ、若いうちにと殺される傾向が強くなっていることから、薄くて小さい皮が多いそうです。食用肉の流行に左右される原皮を一定のクオリティで鞣していく技術が求められます。
まだ毛がついたままの原皮。
木製の洗浄ドラムがグルグルと回り、大量に水を使いながら洗浄しています。ダイナミックな光景。
2. 石灰漬けによる脱毛
一般的なタンナー(革の鞣し工場)では、脱毛した状態で皮を仕入れるのが主流なのに対し、栃木レザーは自社で脱毛を行います。しかも、ドラムにかければ半日で終わるところを、繊維が壊れてしまうからという理由で1週間石灰漬けにし、毛穴を膨張させて少
しずつ毛を溶かすことで脱毛しています。時間はかかりますが、繊維層が詰まった丈夫な「革」のベースを整えるためにとても大切な工程です。
皮を運んだり、作業するのは基本的に2人1組み。重作業の連続です。
3. ベジタブルタンニン鞣(なめ)し
皮に含まれる不純物を取りのぞき、弾力性を富みながらも腐敗しない「革」へと生まれ変わらせるのが、鞣しという工程です。鞣しには、ドラムを使って化学薬品を浸透させる「クロム鞣し」と、植物由来の成分に漬け込む「タンニン鞣し」があります。現在は99%がクロム鞣しとのこと。その理由は、早く安く、皮の肌荒れなどを隠して、きれいに“お化粧”するような効果があるからです。しかし栃木レザーは、より丈夫な革をつくるためにタンニン鞣しを採用。ブラジル産のミモザの樹液に約20日間じっくり漬け込みます。時間も費用もかかりますが、こうすることで鞣し剤が皮によく染み込み、折っても跳ね返るほど弾力のある丈夫な革になります。またじっくりと浸透させることで、使うほどに味わいがにじみ出てくるような風合いに仕上がります。
皮が浸っている様子。液が腐らないように、動力で皮をゆっくりと動かしていました。
濃度の違う槽に順番に入れていきます。
4. 加脂・乾燥
長時間タンニン樹液に浸された革の余分な水分を取りのぞきます。水分を抜くと一気に固くなり加工しづらいので、油分を加えます。一般的に私たちが「革の匂い」と認識している香りは、この油の匂いだそう。栃木レザーは匂いが少ないことにこだわっているため、鱈油や動物、植物の油をオリジナルでブレンドしています。その後、乾燥させ、オーダーに応じで革をすいていきます。
実際に匂いを嗅がせてもらいました。油の嫌な匂いなどはしません。ほのかに感じる香り。
「この配合ボード、撮影してもらっても全然大丈夫ですよ 笑」とのこと。季節などでも変わるそうなので、簡単に再現できません。
乾燥させている建物も古いですが、しっかりとした梁で、重たい皮を支えています。
5. 再鞣し・染色
革の柔らかさや風合いを調整した後、オーダーに応じて染色します。通常染色には約2日ほどかかりますが、ここではわずか半日。栃木レザーのヌメ革は繊維が壊れていないため色素が絡まりやすく、色がのりやすいという特徴が。また、色の調合はなんと目分量。オーダー通りの色が定着しているかどうかを肉眼で判断する、職人さんの高度な技術と感覚が要求されます。染色用のドラム10機をお一人で稼働させているという点も驚きです。
6. 手伸ばし
厚手の革や性質によって伸びにくい革は、手伸ばしによって均等に柔らかくしてゆきます。革の表面を見て、しわのある部分からハンドセッターにかけていきます。どの部分をどの程度伸ばすかは職人さんの感覚次第。約30kgもあるハンドセッターを手に持ち、体重を革に預けすぎず、上手に身体を使っていくのは至難の業です。
目視でしっかりと表面を確認。気になるところを手作業でヘラを使ってのばしていました。
7. 乾燥
手伸ばし後は、革が体に触れないように気をつけて吊るします。なんと数10kgの革を腕の力だけで持ち上げています。簡単なように思えますが、これはしっかりと力とバランスがないとできないこと。
保存、乾燥を行う専用の建物内で1~2日かけて乾燥させます。その姿は圧巻!革の厚みや性質、季節に応じた湿度を加味して乾燥時間を見極めます。
持ち上げた瞬間、周りから歓声が。笑 スタッフみなさん仲がよく、とっても気さくに話されているのも印象的でした。
8. 塗装・仕上げ
最後に、オーダーに応じて塗装していきます。染まった革の色には個体差があり、またその日の気候によって塗装具合もちがうため、塗料のレシピはつくれません。つまり、すべて目分量で調合されているのです。まさに職人技。
お仕事の時間が終わっていたのに、作業を見せてくださいました。
「はい、これでおしまい。たいしたことしてないでしょ。」と話されていましたが、聞けば、皮の表面を見てスプレーの調整をされたり、色の調合も目分量。季節や皮それぞれで異なるので「レシピはできない」 す、すごい、、、。
こうして、一枚の革が出来上がりました。しかし栃木レザーのこだわりは、これだけでは終わりません。注目すべきは独自の排水施設。水は浄化、土は肥料として再利用しています。酵素が入った設備のなかで大量の空気にさらし、水と汚泥に分けるというもの。こうすることで水は川へと還ってゆき、汚泥は肥料として再加工して販売できるのです。
汚泥には動物由来の栄養分と石灰の成分が豊富に含まれているので、アルカリ性の肥料として土が柔らかい方が適している野菜や植物の栽培等に活用されています。この設備は革の製造とは別体制で行っているため、革の販売価格は浄化費用を含まずに設定しているとのこと。当初は赤字でしたが、肥料の需要によって収益が上がり、最近になってようやく事業として成立するようになったそうです。また東日本大震災の直後は、再加工した土を毎日4トン福島へ運んでいたのだとか。ここまで自然や環境、人へ配慮したものづくりをする栃木レザーの姿勢に、見学させていただいたスタッフ一同、とても感動しました。
今回わたしは、初めて革の製造工場に行かせてもらいました。革製品が好きで普段から使っていましたが、それがどのようにつくられていくのか、想像もつきませんでした。最初に塩漬けの皮を見せてもらったとき、そのにおいは獣そのもので、一瞬にして革には命があったことに気づかされました。そして一つ一つの工程を手作業で時間をかけて行なっている様子を見せてもらったとき、これだけの手間ひまをかけている栃木レザー社さんへの敬意が芽生えました。また、こうしてできた革を余すところなく使うYES CRAFTSさんの姿勢に、いっそう共感するようになりました。そして何より、栃木レザーのしっとりとした肌触りはとても気持ちがよいものです。また使うほどにご自身の手の形になり、すいつくような質感に育ってゆく様子も楽しむことができます。
「着る47展」を通して、ぜひ多くの方に、実際に触れていただきたいです。2/8,2/9にはYES CRAFTS 代表の近藤陽輔さんをお招きし、栃木レザーを使ったコンパクトウォレットづくりを行います。たくさんのレザーパーツの中からお好きなパーツを選び、オリジナルの作品をつくることができるワークショップです。また2/8には栃木レザーの遅澤敦史さんをお招きした、勉強会もののまわりトークを行います。遅澤さんには今回の工場見学をご案内いただきましたが、とても丁寧でわかりやすくご説明いただきました。気になることがあれば、ぜひこの機会に聞いてみてください。