岸田木材 見学レポート

D&DEPARTMENT TOYAMA GALLERYの恒例企画である「富山プロダクツ展」。2022年度も新たに「富山プロダクツ」に選定された商品をギャラリーでご紹介しています。「富山プロダクツ」とは、富山県内で企画・製造された製品の中で、機能性やデザイン性に優れたものを選定し、国内外に向けて広く発信していく取り組みです。2022年度は、8社11点のアイテムが新たに「富山プロダクツ」に選定されました。今年の選定品の中から、気になる商品をレポートします!

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今回のレポートでご紹介するのは「ひみ里山杉からできたインク」。

氷見(ひみ)といえば、鰤で有名な港町。海のイメージはあるけれど、里山なんてあったかな?というのが最初の疑問。さらにインクって木から作れるの???というのが2つ目の疑問。名前だけで気になることがいっぱい浮かんで、早速、このインクを作っている氷見の「岸田木材」に伺ってきました。

出迎えてくださったのは、専務の岸田真志さんとインクの商品企画を担当された明松(かがり)洋介さん。

左が岸田さん、右が明松さん

岸田木材のお仕事を知りたい、と言うと工場の敷地内をぐるっと一回り、案内してくださいました。その広いこと!!大きな丸太がそこかしこにゴロンゴロンと積み重ねられている様子は圧巻です。

左右には、大きな屋根の工場があり、その中に次から次へと丸太か運び込まれ、どんどんスライスされていきます。

「大雑把に言うと、材木屋の仕事は丸い木を使いやすいように四角く加工していく仕事です」と明松さん。加工された木は、大きな1枚板から、短い角材など、さまざまです。

板材だけでなく、杭も作ってました。

明松さんいわく、普通の材木屋では、ここまでいろんなサイズの加工はしないのだそうです。それは、同じサイズのものをたくさん作った方が作業効率が良くコストがかからないから。でも、自然の中にある木は太さも長さもさまざま。それを同じサイズにカットすると捨てる部分がどうしても多くなります。

「私たちは、木を100%使い切りたいんです。木を無駄にしないためには、1本の木からできるだけたくさんの材をとりたい。だから色んなサイズの材を作っています」と岸田さんは話します。

「ひみ里山杉からできたインク」も、“木を使い切りたい”という思いから生まれた商品。原料となっているのは、杉の皮の部分です。

木の皮は、使い道がほとんどなく、現状では捨てるしかありません。なんとか木の皮を何か価値のあるものに変えられないか...と着目したのが、「ひみ里山杉」が持つ独特の色でした。

実は、氷見は富山の中でも林業に適したエリアなんだそうです。森というと五箇山や立山を思い浮かべてしまいますが、なだらかな山の方が材を切り出しやすく林業に向いています。海に近くなだらかな山の多い氷見では、昔から林業が営まれてきた歴史があります。

そんな氷見の里山で育った「ひみ里山杉」は、淡くピンクがかった木肌の色が特徴なんだそうです。この色を紹介する方法はないかと思い、閃いたのが草木染めの要領で木の皮から染料を抽出できないか?というもの。濃度を濃くすればインクになるかも!と、インクメーカーさんを探して掛け合い、完成したのがこのインクだったのです。

出来上がったインクを見せていただきました。蓋を開けてまず驚いたのが、香り。ふわっと木の香りが漂います。インクというとケミカルなイメージがありましたが、このインクはとても心地の良い香りがします。書いてみると品のある褐色の色。当初は杉の木肌のピンク色を目指していましたが、文字が読みやすいよう、濃度を濃くして褐色に仕上げたそうです。

それにしても、木を使い切りたいという思いから、材木屋の仕事を飛び越えてインクを作ってしまう岸田木材さんのパワー、とても圧倒されます。どうして、そこまでの熱意が生まれてくるのでしょう?

その質問には「皆さんに、もっと木に関心を持ってもらいたいからです。意外と皆さん木に関心を持っておられないんです」と岸田さん。木は家具や食器、家などなど、生活のいろんな場面に使われているとても身近で親しみのある素材。関心がないなんてことはないと思うのですが...。すると岸田さんは「例えば野菜なら、どこの産地で、誰が作ったか、ということをみんな熱心に調べて選んで買います。多少高くても、この産地のものなら買いたい、ということもありますよね。けれど、木材は、どこの産地の誰が加工したものか、良い材はどれか、なんて気にせずにホームセンターで安いものを買われてしまうんです。」・・・確かに。

「みんながもっと木に関心を向けてくれないと、木は買い叩かれてしまう。材にするコストが見合わなくなると、木は燃料にされます。実は材木の多くは燃料にされているのが現状です。何年も時間をかけて育った木なのに、粉砕されて燃やされてしまうんです。」

木を燃料にした発電は、バイオマス発電と呼ばれ、環境に良いイメージがありますが、粉砕されて燃料にされてしまった木は、私たちの目に触れません。そして氷見という身近なところに里山があることも忘れられてしまう。その結果、今氷見の里山は荒れ始めているそうです。

「氷見は豊かな漁場で有名ですが、その海を育てているのは実は里山なんです。山が育んだ栄養分が、川を伝って海に流れることで、豊かな海を作ってきました。山が荒れれば、氷見の豊かな漁場も損なわれてしまうんです。」と話すのは明松さん。他にも治水や土砂崩れを防ぐ防災の機能など、里山は知らないところで私たちの生活を守ってくれる存在です。

里山を守ることは、漁業で栄えた氷見の文化を守ること。里山を守るには、山に人の手が入る必要があります。人の手が入るということは、つまり人にとって“価値がある”場所でなければいけない。だから、岸田木材では1本の木を、いろんな用途に使って価値を高めることにチャレンジしています。その一つの提案が「ひみ里山杉からできたインク」なんですね。

岸田さん、明松さんのお話を聞いたあと、改めてインクを試し書きしてみると、ふわっと香る木の香りから、氷見の里山と海の両方の景色が思い出されました。最初は気持ちの良い香りだな、とだけ思っていたものが、お話を聞いた後では、木の育った時間や、豊かな海のこと、そしてそれを熱意もって伝えようとする人の思い、そんないろんなものが香りと一緒に思い起こされます。このインクを使う方にも、こんなふうに氷見の豊かな自然と人の思いを共有できたらいいな、と思います。実は、岸田木材さんでは、氷見の里山ツアーもやっているそう。インク好きの方はもちろん、この商品を見て気になった方は、ぜひ氷見の里山に足を踏み入れてみてください。