沖縄県南城市。沖縄県外の方に、その名前をお話すると「沖縄のどのあたり?」という質問をよく受けます。大体が「沖縄本島の最南端、ひめゆりの塔のある糸満市の右上くらい」と説明すると、なんとなく位置を理解してもらえるのですが、みなさんは「南城市」をご存知でしょうか?
南城市は、2006年に佐敷町、知念村、玉城村、大里村が合併してできた市で、その形がハートの形に似ています。市の西側を除く三方が海岸線に接していて、北西部は、比較的緩やかな丘陵地、東南部は岩石の断崖の上に広い台地が広がり、市内を周遊していると、自然が生み出した豊かな景色を堪能できます。そして、市の南部には、橋で繋がった「奥武島」、東部には定期フェリーで行き来できる「久高島」があります。
この穏やかな自然に恵まれた「南城市」を、デザイン視点で紹介する、『d design travel WORKSHOP』号の制作が2020年10月にスタート。d design travel編集部による3回のワークショップを経て、市民参加者と一緒に制作しました。
このワークショップ号は、本誌の県単位のものとは違い、市町村単位、もしくは市町村の限られたエリアを限定して、市民のみなさんと一緒に、観光ガイドをつくるもので、その限られた範囲の中で「その土地らしさ」「デザインの工夫」のある場所を、本誌同様6カテゴリ4箇所ずつ選定していくのが、難しいところでもあります。
今回の沖縄県南城市は、コーディネイターを務める私が、約17年ほど住んでいる場所。これまで、コーディネイターとしてどちらかというと「外の目線」で、市民参加者と編集部を繋ぐ役割だったものが、今度は「内の目線」も加わり、自分の住むまちの「らしさ」や「個性」、そしてこの土地の「デザイン」について、市民参加者と同じような立場で考える機会となりました。
南城市に根づく「祈りの文化」
南城市を語る上で切り離せないのが、琉球王朝時代から続く「祈りの文化」。400年以上続いた琉球王国は、政治と信仰の「祭政一致」で統治されており、市内各所に今なお大切にされている祈りの場(御嶽=うたき)が残されています。南城市にある「斎場御嶽(せいふぁうたき)」は、御嶽の中でも最高の聖地であり、「久高島」は琉球開闢(かいびゃく)の祖であるアマミキヨが、この土地から国づくりを始めた場所。今でも各地で神事が執り行なわれ「神の島」と大切にされています。
今回のワークショップ号制作にあたり、d TOUR公式ガイドを務める、賀数仁然(かかずひとさ)さんの案内で南城市各地を廻り、古来から育まれ、受け継がれてきた「祈りの文化」を知ることからスタートしました。
琉球時代から語り継がれてきた「神話」では、沖縄の島々をつくったとされるアマミキヨが、「久高島」に降り立ったあと、海を渡って玉城百名の「ヤハラヅカサ 」の浜に上陸したとされています。すぐ近くには、アマミキヨが仮住まいしたとされる「浜川御嶽」。
「御嶽」とは、人工的に作られた祠ではなく、その周囲にある木々や岩などの自然の空間。そこに神が降り、限られたものだけが交信できる場所として大切にされている「祈りの場」です。
そしてここは「受水走水(うきんじゅはいんじゅ)」。沖縄の稲作発祥の地と呼ばれ、今でも集落の有志の人たちが、この水田で稲作を行なっています。
ワークショップ号の表紙は、『d design travel』本誌同様、その土地らしさのあるデザインを表紙に選んでいますが、今回の沖縄南城号は、この水田の稲で作られた綱を使って行なう「仲村渠(なかんだかり)の綱引き」を描いた壁画です。
そして、琉球最高の聖地「斎場御嶽」へ。ここからは、神の島「久高島」が望めます。
久高島のある東から昇る太陽は、神の化身であり、琉球の国王でもあるという信仰が、根付いているのです。
この詳細については、ワークショップ号の巻頭で、賀数仁然さんが案内する「南城から始まる 沖縄の旅 ー独特のカケラを集めるー」を、是非ご覧ください。南城に根づく、祈りの文化、そしてこの土地から生まれる清々しさについて感じていただけると思います。
南城市らしい観光とは
さて、話を市民参加型のワークショップ号に戻します。このワークショップ号も、本誌同様、
・その土地らしいこと
・その土地の大切なメッセージを伝えていること
・その土地の人がやっていること
・価格が手頃であること
・デザインの工夫があること
という取材対象選定の考えに基づき、市民参加者の方々が実際にロケハンしたプレゼンテーションに基づき、選定します。実はこれが最初の難関。地域の人に愛されている場所…ということ以外に、その土地らしさを感じる要素・デザインがきちんとあるかどうか…というところが、編集部から毎回ツッコミが入る場所。都会的なデザインを真似するのではなく、この土地らしいデザインかどうか、その場所(お店)が、別の場所にあっても成り立つのではなく、この土地だからこそ、長く続きべき場所となっているかどうかが、選定のポイントになります。
初回のワークショップは、南城市らしさを感じ、土地のデザインのある場所を検討することから始まりました。
参加者は次回のワークショップまでに、ロケハンへ。それぞれのカテゴリに4件ずつ掲載されるわけですが、より掲載にふさわしい場所を選ぶために、たくさんの場所に訪れてくださいました。
そして、いよいよ2回目のワークショップ。参加者が実際に訪れたロケハンから、体感した「南城市らしさ」「南城市のデザイン」をプレゼンテーション。緊張の一瞬です。
参加者のプレゼンテーションに対して
「それは、どこでもあるようなお店なんじゃ…」
「どこかにデザインありますか?」
と、編集長からの質問。
取材対象とする場所の、南城市らしさ、デザインの要素……これらを言語化していくには、
大前提として「南城市の個性やらしさ」を自分のなかに落とし込む必要があるわけです。
でも、この第三者の目線というのが、とても重要。
自分たちのおすすめする場所だけを選定していくのなら、結局、ほかのガイドブックと何ら変わりがない。デザイン視点で、その土地らしいスポットを選定するためには、「外の目線」を意識しつつ、内輪受けともちがう、他所の土地から訪れた方達が「この場所にこれて良かった」と思えるようなスポットを掘り起こしていく必要があるわけです。
というわけで、沖縄南城号でも、なかなか取材候補地が決まらないカテゴリもあり、参加者の方々は、取材地が決定するまでさまざまな場所をロケハンしていただきました。
私自身も、南城市らしい場所、デザインがある場所を探して、南城市をあちこちぐるぐる。こんなにも、自分が暮らしているまちを、短期間でぐるぐる巡ったのは初めてかもしれません。
『d design travel WORKSHOP沖縄南城』号が完成
なんとか取材地も決まり、参加者による原稿の提出も終え、仮レイアウトした原稿に、編集部からの校正を入れて、参加者の皆さんにお戻しする回。
コーディネイターの立場としては、一番胃が痛くなる回です。きっと悩みに悩んで、原稿を準備してくれたんだろうな……と思いつつも、よりわかりやすく、魅力が伝わるように、限られた文字数に納めるために、テコ入れを。
『d design travel』の特徴でもある、紹介される場所の魅力をまとめた3つのポイント。
これも、土地の個性のこと、デザインのこと、人のこと……など、ポイントが重複しないように編集されています。この3つのポイントが、さらに読み進めたいと思える原稿になっているか、そしてそれを具体的に紹介する本文になっているか、原稿は文字数にきちんと収まっているか、表記の統一、書き手らしい原稿になっているか……など、さまざまなチェックと修正を経て、最終原稿へ整えていきます。
そして写真も、掲載する3つの写真のバランス、デザインが感じられる要素、悪天候時は再撮影……など、参加者の方には、なんども取材先に訪れていただき、再提出を繰り返していただきました。
そして、ようやく『d design travel 沖縄南城』号が完成。
表紙も、南城市らしいデザインを参加者の方々に見つけていただき、「仲村渠の綱引き」を描いた壁画が表紙デザインとなりました。
誌面では、観光、レストラン、ショップ、カフェ、ホテル、キーマンの6カテゴリに加え、賀数仁然さんによる南城市の紹介、D&DEPARTMENT OKINAWA by OKINAWA STANDARDのスタッフのみなさんが推薦する「南城のおみやげ」、ワークショップ参加者がおすすめする「南城のうまい」なども掲載されています。
地域の方々と作るワークショップ号の良さは、自分たちが住む場所の魅力を、一連の作業を通して言語化することができること、またこのワークショップ号を手に取ってくださる方に、その土地の魅力をしっかり伝えることができること、そしてこのまちに住む人たちもまた、この誌面を通して自分たちのまちの魅力を改めて再認識し、どこか他所のまちで流行っているものを真似するのではなく、自分たちのまちらしさを生かすヒントを得る機会になること。
ワークショップ号を手に取ってくださった方々に、沖縄県南城市の「らしさ」が届くよう、願っています。そしてまた、どこかのまちで、地域の方々と一緒に「土地の魅力」探しができることを願っています。
参加者のみなさん、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
関係してくださったみなさんに、この場を借りてお礼申し上げます。
ワークショップ号コーディネイター 松崎紀子
『d design travel WORKSHOP 沖縄南城』
2月18日より、D&DEPARTMENT各店にて、完成した『d design travel WORKSHOP 沖縄南城』号を配布いたします。また、d 47 design travel store、D&DEPARTMENT OKINAWA by OKINAWA STANDARDでは、誌面の「南城のおみやげ」に掲載されている、南城市の魅力を感じるおみやげの販売企画もあります。ぜひ足をお運びください。
『d design travel WORKSHOP沖縄南城』表紙について
仲村渠(なかんだかり)の綱引き壁画
水の豊かな仲村渠の集落では稲作が盛んに行なわれていました。沖縄といえば、さとうきびと思われがちですが、近くの「受水走水(うきんじゆはいんじゆ)」という場所は、沖縄の稲作発祥の地と呼ばれ、今でも集落の有志によって小さな水田が継承されています。仲村渠伝統の綱引き行事は、豊作を願いこの稲の藁で手作りされています。壁画から少し歩くと、集落の広場からは穀物の種が流れ着いたと言われる、神の島(久高島)を望む南部の海の景色。先人が海に感謝し、水に感謝し、そしてその思いを綱で今に繋げる、この地域の人の手で描かれた手触り感のあるこの壁画はそんな集落の願いを感じることができます。昔の水田が広がる景色を想像しながら一度訪れてみてください。